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北極の葡萄園

呑んだワインをひたすら記録しています。

ワインの記録が200回を超えた

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 ワインの記録をつけ始めて、ようやく(?)200回を超えた。
 
 この記録の習慣は、 『安ワイン道場』さんというサイトを発見して読み耽るうちに、見よう見まねでスタートしたけど、はじめは三日坊主に終わるかと思っていた。ところが意外や意外、ちっとも飽きる様子もなく、ますますワインのわけわからなさに惹かれてのめり込んでしまった。イタリアワインが主軸という姿勢は今も変わらないけれど、最近はブルゴーニュの赤・白がたぶん物凄く楽しみ、という予感も膨らんできた*1。目の前には、ワインの大海原が広がっている。
 
 ワインは、どのメーカー・どの銘柄も性質が違っていて、同じメーカー同じ品種でも造られた年や名前が違えば微妙に味が違うし、輸入経路や開けた時期によっても印象が変わってしまう。もちろん、自分自身の体調や開けた時のシチュエーションもひっくるめて美味い美味くない、という感じになる。こういう、コピー困難で、個別性と文脈依存性がきわめて高いところは、アニメやゲームとは楽しみの性質がかなり違う。*2アニメやゲームには、こういうところはあまりない。
 
 “二次創作”という点でも、オタク文化圏の多くの楽しみとは異なっていて、ワインの世界では二次創作的なアレンジメントが有効という話は聞いたことが無い……特に良い品ほど、リキュールやら何やらを混ぜて楽しもうという気分にはなれない。ワインとまじめに対峙するようになって、「ワインは二次創作を許してくれず、願望のシミュラークルを膨らませて回収してしまうものでもなく、わけの分からないボトルそのものの解像度を精一杯確保し、自分なりのなかで最善を尽くして楽しむものだろう」、となんとなく感じるようになった。この楽しみは、オタク文化圏の産物とは、根本的に方向が違うと思う。そして、幾ら自分の解像度を上げても、それがついていかないワイン・わけのわからないワインが現実にはたくさんある。自分の貧困な感性と語彙力を痛感させられるような、打ちのめされるボトルもたくさんあった。なんてエキサイティングなんだ!
 
 オタク文化圏とは明確に違った楽しみとアプローチを知ることは、これはこれでかえってオタク文化圏について考える一つの材料、一つの視点になるんじゃないかと思う。これもまた精進の道。…なんていうのは二の次、三の次、で、300本目指して呑むしかねぇ。これからも、しっかり真面目に酔っぱらおうと思う。手加減は、無しだ!
 

*1:予算的に、イタリアワインよりもワンランクきつそうなので多分あんまり買えないとは思うけど…

*2:もちろん缶チューハイなどともここが違う。